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大阪高等裁判所 昭和33年(ラ)25号 決定 1962年5月01日

抗告人(債務者) 石田勲 外一名

相手方(債権者) 西宮信用金庫 外一名

主文

本件抗告は、いずれもこれを棄却する。

抗告費用は抗告人等の負担とする。

理由

抗告人代理人は、「原決定は、これを取消す。本件競落は許さない。」との決定を求め、その理由として、

(一)  本件の昭和三三年一月二七日附不動産競売調書の記載によれば、右競売期日における別紙目録<省略>記載物件の最高価競買人は相手方畑中紀代子となつているが、右は事実に反し、右紀代子の母である畑中直子が前記競売期日に出頭し、右紀代子の名義を冒用して競買の申出をなし、その結果紀代子が競落人となつたものである。したがつて、右競売調書には競売法第一四条違反の瑕疵がある。しかも右畑中直子は、前記競売期日に先立つ昭和二九年一〇月一一日の競売期日にその子畑中良之名義を冒用して競売に参加し、別紙目録記載(イ)(ロ)の物件につき最高価競買人となり、右良之名義をもつて、競落許可決定を得たにも拘らず、競売代金を納入せず、その結果、再競売が命ぜられたものである。従つて右の手続を実質的にみると、前の競落人たる畑中直子が、後の再競売手続で競買の申出をしたことになるから、競売法第三二条民事訴訟法第六八八条第五項に違反し、本件競落許可決定は違法である。

(二)  本件各物件の最低競売価格は、(イ)が金八〇二、六四〇円、(ロ)が金一、〇三四、〇〇〇円、(ハ)が金二、五一二、〇〇〇円、合計金四、三四八、六四〇円となつているが、(イ)の時価は坪当り二〇、〇〇〇円以上であつて、一括して売却するときは金一〇、〇〇〇、〇〇〇円以上の価値を有するものであるところ、(ハ)の物件につき昭和三一年八月二三日の競売期日に森本猪之介が金二、六〇〇、〇〇〇円にて競買の申出をなし、競落許可決定を得たのであるが、畑中直子は前記畑中良之の名義を冒用して、右森本との間で、森本が競落代金を納入せず再競売になつた場合において、右直子が競落したときは、さきに森本が競買保証金として提供した金二六〇、〇〇〇円を、森本に対して支払うことを約し、前示昭和三三年一月二七日の競売期日に娘の紀代子名義を冒用して自ら右物件を代金四、五〇〇、〇〇〇円で競落したものである。右畑中直子の行為は、競買人が他の者に働きかけ、寡少の競売価格で競落し、競売の公正をみだした事になるから、民事訴訟法第六七二条第一号にいう競売を許すべからざることに該当する。

(三)  本件競売は(イ)(ロ)(ハ)の物件を一括してなされたものであるが、競売公告中に一括競売なることが示されていなかつたから違法である。もつとも、本件記録中の昭和三三年一月七日附公告掲示嘱託書には、インキで一括競売との記入があるが、裁判所が債権者代理人の同年一月一八日附の一括競売の申立を同月二〇日許可していることからみても、右記入は後日挿入されたことが明かである。

(四)  (1) 本件の昭和二九年一〇月一一日の競売期日の競売にもとづき畑中良之こと畑中直子は(イ)の物件を金九〇〇、〇〇〇円、(ロ)の物件を金二、三八二、〇〇〇円にて競落し、島谷武は(ハ)の物件を金二、七七六、〇〇〇円にて競落したが、いずれも代金が納入されなかつたので再競売に附された。(2) 昭和三一年八月二三日の(ハ)の物件に対する再競売に基き、森本猪之介は代金二、六〇〇、〇〇〇円で競落したが、これまた代金納入をしなかつたので再競売に附せられた。(3) 次いで、昭和三三年一月二七日の競売期日には前記のように畑中紀代子こと畑中直子において(イ)(ロ)(ハ)の物件を一括して代金四、五〇〇、〇〇〇円にて競買の申出をなし、本件競落許可決定を得た。しかし、(イ)(ロ)(ハ)が右のように一括競売されたため、この場合民事訴訟法第六八八条第六項により前の競落人すなわち(イ)(ロ)の物件につき畑中良之こと畑中直子、(ハ)の物件につき森本猪之介が各負担すべき競落代価の不足額の分担が不明で、計算不能の状態となる。かゝる場合には一括競売を許すべきでないのに一括競売としたもので、この点に違法がある。

(五)  本件競売の申立は、相手方(債権者)西宮信用金庫が、昭和二七年四月一六日公証人田中豊男作成公正証書第二〇〇八二号抵当権設定金銭貸借契約証書にもとずき、抗告人(債務者)石田勲、同石田紀に対して金一、五〇〇、〇〇〇円を左記(1) のとおり貸付け、同月二二日別紙目録物件につき抵当権を設定し、および(2) 昭和二九年一月五日付借用金証書により抗告人紀を債務者抗告人勲を連帯保証人として金三、五〇〇、〇〇〇円(たゞし競売申立時残元金二、三〇〇、〇〇〇円)を左記(2) のとおり貸付け、別紙目録記載の物件に抵当権を設定したことによるものである。

(1)  一、弁済期日および弁済方法

弁済期昭和二七年五月二五日を始めとして爾後毎月二五日を期して、一回金一五〇、〇〇〇円宛一〇回に分割弁済すること。

一、利息および支払期

一ケ年一割六分四厘二毛五糸と定め毎月二五日に支払うこと。

一、特約

分割金および利息金の支払を一回でも怠つたときは期限の利益を失い、弁済を遅滞したときは弁済期日の翌日から完済に至るまで一〇〇円につき日歩七銭の割合の損害金を支払うこと。

(2)  一、弁済期 昭和二九年三月二〇日

一、利息および支払期

元金一〇〇円につき日歩三銭五厘の約、毎月二五日を期して支払うこと。

一、特約

遅延損害金元金一〇〇円につき日歩金六銭の割合、期限内弁済の場合はその弁済金一〇〇円につき一円の割合にて違背金を支払うこと。

しかし抗告人紀は相手方(債権者)から右各金員を借用したこともないし、何人かに公正証書作成嘱託または抵当権設定登記申請について代理権を授与したこともなく、これらの行為に必要な委任状印鑑証明書を交付したこともないから、本件競売は抗告人紀に関して違法である。

(六)  抗告人勲はもと宝塚市川面五反田八番地の一一において雑貨商を経営し、妻敏子は本件物件所在地たる同市川面字坂戸一番地の一二において旅館兼料理店を経営していたところ、抗告人勲は多額の債務を負担した末昭和二九年一月一七日夜半出奔したまゝ行方不明となつた。その結果悲嘆にくれた妻敏子が殺到する債権者の矢面に立たされ、茫然自失の状態となつていた際に、相手方(債権者)金庫の専務理事河井馬之助より「後の面倒を見るから」と甘言をもつて誘われ、右河井の言うとおり債務の有無も知らないまゝに右敏子が抗告人勲の実印を河井に預け、同人はこれを利用押捺して前記昭和二九年一月五日附借用金証書を作成し、かつ抵当権設定登記申請をなしたもので、いずれも抗告人勲の意思にもとずかないものであるから、本件競売は違法である。以上(一)ないし(六)の理由により原決定の取消、競落不許可の決定を求める。」と主張した。

そこで以下抗告理由について順次判断する。

第(一)点について。

(一)一件記録中の昭和二九年一〇月一一日不動産競売調書(記録九〇丁)昭和三三年一月二七日不動産競売調書(記録第二〇三丁)の各記載に証人畑中直子の証言および相手方(競落人)本人畑中紀代子の供述を総合すると、前記昭和二九年一〇月一一日の競売期日には競落人の畑中良之は競売に参加したことなく、同人の母畑中直子が良之名義をもつて競買の申出をなして競落したことが明かであるけれども昭和三三年一月二七日の再競売期日には、相手方(競落人)畑中紀代子自身が競売に参加し、手続に不慣れなところから、同伴していた母畑中直子に競買価格の申出を事実上代行させ前記競売調書中の競買人「畑中紀代子」の署名をも畑中直子に代行させたうえ、その名下の「畑中」の印影は紀代子が自ら持参した印章により押捺したものであること、を認めることができる。疎乙第三号証の二、および抗告人石田紀本人の供述のうちそれぞれ右認定に反する部分は前示各証拠に照して措信することができないし、その他右認定を左右する証拠はない。そうすると、右再競売期日において競売に参加したのは前の競落人畑中直子ではなく、相手方(競落人)畑中紀代子であると認めるに妨げないから、本件競売は民事訴訟法第六一八条第五項に違反するものではない。

第(二)点について。

本件(イ)(ロ)(ハ)の物件が時価合計一〇、〇〇〇、〇〇〇円以上に相当するとの抗告人等の主張はこれを肯認するに足りる証拠がなく、証人畑中直子の証言と同証言により同人が畑中良之名義で作成したものであると認められる疎乙第四号証を総合すると、本件(ハ)の物件について森本猪之助が昭和三一年八月二五日競落許可決定をうけたのち同人と畑中直子との間に抗告人等主張のような合意の成立したことが認められるが未だ前述の合意を以て著しく本件競売の公正を害するものということはできないから抗告理由(二)も亦採用の限りでない。

第(三)点について。

一件記録によれば本件競売および競落期日公告(記録第二八四丁)中には「本件は一括競売とする。」旨の記載があるが、右公告は昭和三三年一月七日附で、同日神戸地方裁判所伊丹支部掲示場に同月九日宝塚市役所掲示場にそれぞれ掲示されたものであるところ、相手方(債権者)の一括競売の申立が同年同月二〇日右伊丹支部になされ許可されている一方、右公告中の「本件は一括競売とする。」との記載は印刷不動文字およびカーボンにより記された文字の間に右文言だけがインクを以て記されていることに徴し、右一括競売の公告部分は前記公告後に挿入されたものと認めることができる。しかし競売および競落期日の公告中には一括競売の方法による場合に必ずしもその旨を記載することを要しないのみならず、本件昭和三三年一月二七日の競売期日において執行吏より一括競売に付する旨告知されていることが記録上明かであるから本件競落許可決定に違法はない。

第(四)点について。

抗告人主張のごとき理由によつて、本件一括競売が許されないわけはない。すなわち本件競売は(イ)(ロ)(ハ)の物件を一括して代金五、〇〇〇、〇〇〇円で被抗告人(競落人)が競落したため、(イ)(ロ)の物件についての前競落人畑中良之こと畑中直子、(ハ)の物件についての前競落人森本猪之介の各負担すべき前競落代価と再競落代価の差額が算出し得ないと抗告人はいうけれども、本件競売および競落期日公告によれば、(イ)(ロ)(ハ)の物件につき各別に最低競売価額が定められているのであるから、一括競売の代金四、五〇〇、〇〇〇円を右各最低競売価額を以て案分した金額を以て(イ)(ロ)(ハ)の各物件に対する競落代価として計算するのが相当であつて、かくすることにより右畑中良之もしくは森本猪之介の負担すべき金額は直ちに算定することができるから、この点に関する抗告理由も亦採用することができない。

第(五)および(六)点について。

一件記録中競売申立書添附抵当権設定金銭貸借契約証書謄本(記録第八丁)によれば、相手方(債権者)西宮信用金庫が抗告人両名に対し昭和二七年四月一六日金一、五〇〇、〇〇〇円を貸付け、右債権担保のため抗告人勲は別紙目録記載(ハ)の物件につき、抗告人紀は同(イ)(ロ)の各物件につきそれぞれ抵当権を設定したことが明かである。抗告人紀本人の供述中右認定に反する部分は信用しがたく、かえつて右供述の一部によると、抗告人紀は当時実父の抗告人勲に自己の財産の管理処分一切および自己の名において借財をなす権限をも与えており、したがつて、右公正証書作成嘱託についても抗告人勲が抗告人紀に代り手続をなしたものと認められ、他に右認定を左右する証拠はない。また相手方(債権者)西宮信用金庫代表者河井馬之介本人の供述一件記録中競売申立書添附信用金証書写(記録第一八丁)昭和二九年(ラ)第一七三号事件記録中の債権者西宮信用金庫提出の陳述書、疎第一ないし三号(記録一四三丁以下)を総合すると、本件競売申立の基本の一つである抗告人等主張の(2) の債務者抗告人等に対する債権元金二、三〇〇、〇〇〇円についての抵当権の成立を認めるに十分であつて、抗告人紀本人の供述は前掲諸証拠にてらし措信し難く、他に抗告人等の主張を肯認するに足る証拠はない。

他に、職権を以て記録を調査しても、原決定を取消すべき何等の瑕疵はないから、本件抗告は理由がない。

よつて、本件抗告はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 沢栄三 斎藤平伍 石川義夫)

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